正視と老眼
正視とは目のいい状態のことを言います。定義を述べると、「無調節状態において眼の中に入ってくる無限遠方の光が網膜上で像を結ぶ状態」のことを言います。無調節とはどういうことを言うのでしょう?人間の目の中には水晶体と言うレンズがあります。その水晶体は弾力性があり、自身の力で薄くしたり、膨らませたりすることができます。そのことを調節と言っているのです。無調節状態とは目に一切の緊張を加えていない状態、つまり「リラックスした状態で」と言う意味なのです。網膜とはカメラで言うところのフィルムに相当する部分です。リラックスした状態ではるか遠方の物を見た時に網膜にピントが合う目が正視なのです。 ところが加齢により水晶体の弾力性が徐々に失われていき、自身の力で薄くしたり、膨らませたりすることができなくなってきます。私たちの目は遠くを見るときには上記のように目をリラックスさせ、水晶体が薄くしてピントを合わせます。近くを見るときには目を緊張させ、水晶体を膨らませてピントを合わせています。老眼とは水晶体を思うように膨らませることができなくなるために近くにピントを合わせることができなくなった状態です。その膨らまなくなった分をレンズで補おうというのが老眼鏡やコンタクトなのです。
下の図で言うと、目のいい人はまっすぐ立っているだけで天井にぴったりと頭がついています。ところが天井が下がってきたらどうでしょう?若いうちは膝を曲げてあっさり低くなった天井の中に入ることができます。ところが年を重ね、膝が曲がらなくなってきます。そうすると低くなった天井の中に入ることができなくなります。少しぐらい低くなる程度であれば頑張って膝を曲げて入ることができますが、さらに天井が低くなったら? だから穴を掘ってその中に入り、天井の中に入ることができるようになる訳です。 老眼とはそういうものなのです。
★天井は目の網膜(カメラで言うフィルム部分)に例えています。
★膝を曲げるという行為は、目の水晶体(カメラで言うレンズ部分)を膨らませてピントを合わせる調節と言う行為に例えています。
★穴や台はメガネやコンタクトレンズに例えています。